読書日記(シカゴよりこわい町)
by 鈴木 宏枝
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シカゴよりこわい町(しかごよりこわいまち)
原題A Long Way from Chicago: a Novel in Stories読んだ日2001.5.27
著者Richard Peck(リチャード・ペック)訳者斎藤倫子画家(N/A)
出版社東京創元社出版年月日2001.2.28原作出版年1998
感想 なんとも痛快な作品で、A Novel in Storiesというとおり、おばあちゃんを中心に据えた連作の物語が、実に楽しい。
 毎年夏を1週間、シカゴから離れてイリノイのおばあちゃんのところで過ごす、ジョーイとメアリ・アリスの兄妹。語り手は兄のジョーイなのだけど、この<すごい>おばあちゃんと、思春期を迎えていくメアリ・アリスを「見る」のに、男の子の視点を据えたのは、成功しているのではないだろうか。1929年から、1935年まで。子どもから大人へなっていくとき、それは、とてもゆるやかな流れなのだけど、仮にそこに階段のようなものがあるとしたら、その堅固な階段は、きっとこの夏の1週間に違いない。
 南部の、誰もが誰もを知っている共同体。その中で独自の「やり方」を持っているおばあちゃん。こんなにもスゴイ、スーパーおばあちゃんなのだけど、どこかに「いつかは死」を感じ取ってしまう読者の私もいて、その、一種のmortalな感覚が、おばあちゃんが不死身っぽく大胆な分だけ、逆に忍び入ってくるようにも感じた。エピローグの電車の通過シーンは、なんというか、泣けてしまいそう。
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祖母は二杯目のコーヒーを注ぎ、そろそろ寝ようかというようにあくびをかみころしたが、わたしにはタレントショーに行くつもりだということがわかっていた。
「ふむ、タレントショーを観たいんじゃないかね」
 だが、当時のわたしは十五歳で、もう祖母のことがよくわかっていたから、負けずにあくびをかみころして言った。「別に」
「最後までいなくてもいいんだよ」すでに立ち上がっていた祖母は、手早く皿洗いを片づけた。

 この場面で、私は唐突に「京都」という町を、思い出してしまった。

 さらに、このタレントショーでは、メアリ・アリスがおばあちゃんの花嫁衣裳を着、町のガスステーションで働いているレイに花婿衣装を着せて、二人で社交ダンスを踊って優勝を勝ち得る。連作のどの話も、私は大好きだけど、豪胆でたくましくて、策略も茶目っ気もあるおばあちゃんが、屋根裏から引っ張り出されてきた花嫁衣裳を着たメアリ・アリスを見たときの不意の涙と、かけがえのないその婚姻の日の思い出に、胸がいっぱいになってしまった。
 カードをわざと交換した挙句に、負けてしまうというオチのついた「審査の日」、にやりとせずにはいられない「ブレーキマンの幽霊」。どれもとてもおもしろく、語りの力を思う。
 そして、どこかに、<赤毛のアン>の世界も見えるのである。リンド夫人とマリラを思わせる、おばあちゃんとエフィの関係。男どもはどうもかすんでいる南部の肝っ玉かあちゃんたちの共同体は、多少違えど、あの、女たちのパラダイスに通じるものがあるのではないかと思う。だから、そこにメアリ・アリスが連なっていくだろうという予感は、楽しいし、さもありなんなのではないかと思う。
 続編が読みたい。


鈴木 宏枝
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