読書日記(シュトルーデルを焼きながら)
by 鈴木 宏枝
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シュトルーデルを焼きながら(しゅとるーでるをやきながら)
原題Strudel Stories読んだ日2001.1.14
著者Joanne Rocklin(ジョアン・ロックリン)訳者こだまともこ画家(N/A)
出版社偕成社出版年月日2000.9原作出版年1999
感想  クリスマスの話かと思っていたら、そうではなかった。季節外れでなくてよかった。もう、すぐにでもシュトルーデルを作ってみたくなったのだけど、このユダヤのお菓子には「お話」がなんといっても肝要。とりあえず材料を合わせただけじゃ、ただの「小麦粉のかたまり」らしい。お話を語りながら作ると、とろりとリンゴのとろけるおいしいシュトルーデルになるのだ。

  母ちゃんの話は、熱いオーブンにそっとはいっていって、なめらかなシュトルーデルの皮をいっそうなめらかにし、砂糖をいっそうあまくする。シュトルーデルが焼きあがったとき、母ちゃんの話はうすぎりのリンゴのあいだにしっかりとはさまっている。あとでハンナとイサクがたべるシュトルーデルは、母ちゃんの話の味がする。クジラの腹からげんきよくとびだしてきたヨナの話や、紅海を歩いてわたったモーゼの話。それから、子どもたちにせがまれて、母ちゃんがした話も(p.22)。

 子どもたちがせがんだのは、そして大人たちが語ったのは、ユダヤの一族の自分たちの先祖の話、移民したり迫害されたり虐殺されたりした悲しい過去。それでも明るく生きていた、等身大の先祖の話だ。お話といってもきばらなくていい。オチが分かっていてもいい。『大きな森の小さな家』で父さんがしてくれたたくさんのお話のように、「読む」だけではそてほど波乱万丈にも思えない話が「聞く」ことでにわかに躍動的になり、聞き手は話に一体化し、熱中してしまうような、そういう「お話」。
 語られているのは、一族七代にわたる各人の話で、家系図も最後についている。私は家系図は見ずに、名前と時代を確認しながら、自分の中で広げていった。一番印象的なのは、レオンとウィリーの話だった。アメリカ野球狂の時代と、有名なジャッキー・ロビンソン。
 また、迫害されて両親を収容所で亡くしたレオンの悲しく辛い孤独な経験は「お話」されなければならなかった。そして、悲しいことを語った後には楽しいことを語れるようになり、シュトルーデルも再び味わえるようになる。このストーリーラインは、初めてアメリカに移民してきた家族の中で一番初めに死んでしまったリリーの死の受容のプロセスにも重なる。お話は、シュトルーデルと、人を変える力がある。民話のようなヤコブとエリの話もおもしろいし、ユダヤの習俗やイディッシュも興味深い。
 そんなに大げさな話ではない。私も子どもの頃に、そして今でもよく聞く昔話(おばあちゃんが戦争中に畑を作って近所の偉い軍人さんの家に野菜をあげて喜ばれた、とか、でも手作りの味噌はなぜかすごくまずかった、とか、父の子ども時代の話とか)がある。こんなの聞きながらお菓子を作ると甘く香ばしくなるのかな。    


鈴木 宏枝
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