読書日記(月の森に、カミよ眠れ)
by 鈴木 宏枝
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月の森に、カミよ眠れ(つきのもりに、かみよねむれ)
原題(N/A)読んだ日2000.12.12
著者上橋菜穂子(うえはしなほこ)訳者(N/A)画家(N/A)
出版社偕成社出版年月日1991原作出版年(N/A)
感想 図書館に文庫があるのを見て、いそいそと買ってきた。お、おもしろい…!映像的には『もののけ姫』が浮かびつつ(深い森とかムラとか)、物語としてはそれより格段に楽しめた。九州祖母山に伝わる『あかぎれ多弥太伝説』に啓発されて紡がれたファンタジー。カミをカミにするもオニにするも人心、その人心によってカミとカミの森は永遠に失われる。一方で、生きのびていきたいという切実な願いもまた、人間の生として非常にリアルに迫ってくる。日本人であること、女であることで、頭ではなくもっとプリミティブな部分でこの物語を感じとれるのは幸い。上橋さんは、カミとヒトとの関係の大きな事象をこのような形で「翻訳」してくれたのではなかろーかとも思う。
 作品自体は「語り」を軸にしているので、ほんの数日のことがメイン。「<語り>をするときには、魂がその語りの時と所を夢見ているのだそうです。…このまま語らせてください」。女として在ること、月の森との<絆>としての神懸りの自己と、人の女としての自己に揺れるカミンマのキシメの逡巡。タヤタの、ひたすら川の流れのように流れるだけの、圧倒的にそこに「在る」カミ。そして、キシメとのちぎりの喜び。人と月の森のカミとの間になされたナガタチの苦悩と二重性。結末が予想できず、一気に読み進めて、森の消える瞬間に残酷なほどに静かなクライマックスが訪れる。
 よみがえり=黄泉帰り、や、すもうでの吉兆占い(これは上橋さんの創作)などの言葉のディテールや習俗もおもしろい。
 米作りは、宮沢賢治のアキレス腱だった、と聞いたことがある。米による中央集権化とカミの森の喪失は、しかし、伊達や酔狂ではなく成され、迷いや流血もありながら、今日まで生きのびてきたのだろう。その一番はしっこに今いる私が、ほんの10数世紀前という、地上の歴史としてはごく最近でありながら、気の遠くなるほど昔のことである物語を読むときやはり、人間の弱い部分、それでも人間として在ることの喜び、カミを畏れるとはどういうことかという問い直し、様々な渦巻きがたちのぼってくる。


鈴木 宏枝
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