読書日記(琥珀の望遠鏡)
by 鈴木 宏枝
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琥珀の望遠鏡(こはくのぼうえんきょう)
原題The Amber Spyglass読んだ日2002.3.5
著者Philip Pullman(フィリップ・プルマン)訳者大久保寛画家(N/A)
出版社新潮社出版年月日2002.1.30原作出版年2000
感想 一気読み、というわけにいかず、少しずつ堪能した。決着をつける3巻であるわりには、壮大な世界観がさらに壮大になっていて、「大丈夫なのかな」と心配になるほど。キイワードが「ダイモンやダスト」「短剣と世界」などはっきりしていた前2作の方が(もちろん「その先への期待」というものもあったからにしても)おもしろく読めたのだけど、『琥珀の望遠鏡』も、ほんとにこんなにすごい世界でありながら破綻なく説明をつけ、すべての登場人物が落ち着いて、そして、意外なラストが心を打った。やっぱり、このシリーズはおもしろい、すごい、唸ってしまう。
 子どもから大人へ。アダムとイブの物語。その甘美さと苦さと、地上の今ここに楽園をつくろうという、プルマンの奥底にある志。苛酷な物語のように見えながら実はすごく暖かくて、読んでよかったと思わせられた。
 キリスト教から猛反発をくらいそうな内容で、それをこのファンタジーで語り上げたというところ。それもまた、ルイスやマクドナルドのファンタジーが成立したのと同じ土台にあるようで、イギリス的な伝統を感じる(もちろんプルマンの方が意図的なのだろうけど)。プルマンの描こうとしているものは、むしろ、日本人…というかキリスト教文化圏外の人間に、感覚的に「わかる」ものかもしれない。死者の国を経たのち原子となって再びあらゆるものの命になるという輪廻的な思考、マローン博士が拠っていた易経。そもそもお釈迦様の仏教は、天上の楽園を目指すのではなく、この世に浄土を作ろうという教えだったはず。
 コールター夫人と、最初「蛇」といわれるメアリー・マローンがやはり興味深い人物。特にコールター夫人はすごい。私は基本的に言葉どおりに受け止めやすいので、悪役に魅力を感じることの少ない読み手なのだけど、それでもコールター夫人のこころと頭、アスリエル卿との関係、壮絶な最期などにドキドキしてしまった。映画化にあたっては、プルマンはニコール・キッドマンを推しているらしいのだけど、…どうなのだろう??というか、そもそも映画にする必要なんてあるのか>ハリウッド。
 身体感覚にすぐれた作品だった。心の痛み、あるいは、旅の過程がていねいで臨場感を持っているのは、やはりこれが「身体」に根ざして書かれているからだろう。たとえば幽霊の冷たさ、ダイモンと引き離されるときの痛み、そこを想像できるように、本当にリアルに感じられるほど、プルマンはよく書き込んでいる。
 シリーズ完結して、やはりプルマンはすごかった。でも、The New Cut Gangや『時計はとまらない』などの小品を読むと、大化けしたとしか思えかったり。


鈴木 宏枝
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