風使い通信・屋久島紀行/はじめてのときめき☆はじめての屋久島
1992年8月9日(日)
天気:晴れ時々くもり
行程:屋久島(終日)

 5時半に起床。天候は上々である。手早く準備を済ませ、頼んでおいた弁当の握り飯を受け取って出発。縄文杉に至るアプローチは何通りかあるが、日帰りであれば車で安房から安房林道・荒川林道と入り、そこから安房川沿いのトロッコ道を歩くのが最も一般的である。ちなみにジブリの人たちは宮之浦から白谷林道を入り、白谷雲水峡から歩いたようである。こちらもなかなかおすすめのコースであるが、途中に峠を越えなければいけないので、帰りが若干きついかもしれない。

 宿のある尾之間からは車で1時間ほどで林道の終点にたどり着く。借りたレンタカーはおんぼろだったが、さすがにこの林道の砂利道ばかり走っていてはしかたあるまい。荒川ダムが林道終点で、その脇の空き地に車を止める。ここで既に標高600m。縄文杉がだいたい1300mぐらいであるから、思ったほど高低差はない。まぁそれでもたかだか周囲100kmの島に1000m以上の山々がごろごろしているのだから、それだけでも十分すごい。雨が多く降る所以もここにある。

写真9・出発風景
写真10・案内板は台風で倒れていた

 荷物や装備の点検をして7時半に出発。しばらくはトロッコの枕木の上を、渓谷沿いに奥へ奥へと入っていく。川を右手に見ながらしばらく進むと、40分ほどで小杉谷の鉄橋に到着する。ここで川を大きく横切る。トロッコの鉄橋なのでもともと人が渡るようにはできていない。欄干も手すりもない。下も丸見え。しかし鉄橋から見る川の眺めはなかなかのものである。川に散在するごつごつした大きな石が高さの加減で小さく見える。さすがに台風通過直後だけあって、川はものすごい量の水を吐き出していた。

写真11・小杉谷鉄橋
写真12・橋上から上流を眺める

 この鉄橋を渡り切ると小杉谷小学校跡がある。昔このトロッコが本来の意味(材木の運搬)で使われていたころは、こんな山の中に村があって人々が生活していたのだ。未だに校庭はきちんと残っていて、脇には桜とおぼしき木々が植わっている。うーん、こんな山の中で花見なんてきっとすばらしいに違いない。ここで「一握の砂運動」の砂をザックに詰め込む。これは縄文杉の根元から流出する土を補うために、入山者に砂を持って入るよう呼びかけているものだ。千里の道も一歩から。しかしほんとは立ち入らないことこそが、縄文杉あるいは森にとってよいことなのかもしれない。屋久島もまた大いなる矛盾を抱えている。

写真13・「一握の砂運動」看板
(右側が小杉谷小学校跡)

 ここから渓谷沿いにさらに奥へと入っていく。この辺りまで来ると、もう島であることを忘れるぐらいの深い森が迫ってくる。楠川歩道分岐(白谷雲水峡方面からの道の合流地点)を過ぎ、30分ほどで三代杉に到着。倒木した杉の上に更に杉が生え、三代にわたって生きながらえていることからこの名がついている。屋久島には倒木が至るところにある。杉自体が樹高の割に根が浅いのと台風の通り道ということもあって、道が倒木でふさがれることはしばしばだ。しかしそれをもってしてもなお密生した杉が次から次へと生えてくる。雨の恵みだ。一般に登山道は倒木が有る毎に付け替えられ、もとの道は三年もすればほとんど森に埋もれてしまうという。屋久島の自然の力強さを感じる。

写真14・大株歩道入口
写真15・大株歩道入口より上流を眺める
写真16・翁杉

 さらに歩くこと1時間。トロッコ道の終点大株歩道入り口に到着。トロッコの線路は森の中へ消え、ここからはいよいよ山の斜面を登る。急峻な山道を分け入ると、ものの10分ほどで少しひらけた空間に出る。目の前の大きな切り株。ウィルソン株である。株の中は天井のない空洞になっており、人が3,4人は楽に入れる大きさだ。ウィルソン株の水でしばし疲れを取る。屋久島ではほとんど至る所に水場があり、水に困るということはまずないが、その中でもウィルソン株の水は逸品だろう。本来、水はこんなにもまろやかなのだ。

写真17・ウィルソン株
写真18・株の中には小さな祠がある
写真19・株の中から空を見上げる

 幹と幹、根と根の間を道はさらに続いていく。周りはおびただしい緑である。カメラのレンズを何処に向けても、ファインダーの中に見えるのは緑・緑・緑。圧倒的な緑。途中夫婦杉や大王杉などの名前のついた杉があるが、そういう杉だけが大きいのではなく、立派な杉はその辺にごろごろしているのだ。切り株からもまた大きな幹が生えている。

「なんて立派な木・・・」

 ナウシカではないが、ほんとにしばしばそういう杉に遭遇した。今までこれほど木の生命感を強く感じたことはない。なんか歩いているこっちの方が圧倒されるのである。

写真20・大王杉
写真21・上まで見渡すことができない
写真22・夫婦杉

 そしてウィルソン株から約1時間強。11時35分、縄文杉は突然姿を現した。縄文杉のあたりはそこだけがぽっかりと日が射し込み、孤高の杉という感じがする。目の前に高々とそびえる杉。その太さや高さよりも、永い時を生きてきたそのゴツゴツした力強さが印象的であった。きっと最初は腰よりも低い芽だったに違いないものが、ここまで大きくなるまでの時間を考えると本当に気が遠くなりそうである。しかも今も生きてる。あぁなんてやつだ。この頃はまだ根元まで行って直にその幹に触れることができた。耳をあてる。思わずナウシカしてしまう自分がいた。きっと腐海の底の巨木もこんなふうだったに違いない。

写真23・孤高の縄文杉
写真24・手前は土の流出を防ぐため
丸太が敷き詰めてある
写真25・砂を積んで帰る

 ここから15分ほどさらに登ると、高塚小屋に到着する。昼食。握り飯とカップうどんの取り合わせであった。出発からおおそ4時間半。こんなときの飯は格別である。ちなみに高塚小屋は荒廃が進んでおり、もし宮之浦岳との縦走などをする場合はここからさらに奥の新高塚小屋を利用するといいだろう。1時間ほど休憩の後、帰路ついた。

写真26・トロッコ点景
写真27・なんとなくなつかしい気分になる
写真28・朽ち果てた機関車

 この荒川林道終点の荒川ダムよりトロッコ道、そして大株歩道と行くコースであるが、途中ややきついところがあるものの、休憩を随時入れていけば誰にでもいけるところだろう。夏以外のことはわからないが、とにかく汗対策には万全を期した方がよい。なにせ湿度が高く汗が全く乾かないのだ。あとは休憩時の保温。雨が降ったときなどは標高もあり夏場でもかなり冷える。もし携帯用のコンロなどを持っているのなら、日帰りでも持参していくのが賢明だろう。

写真29・錆びた転轍機
写真30・ちょっと遊んでみました

 宿に戻ったあと、すぐそばの町営の尾之間温泉に入りにいった。ここは共同浴場になっており、町民の方の身近な風呂として利用されている。町民以外でも100円(1992年当時)払えば入ることができる。なんとも言えない古めかしい風呂であったが、熱めのお湯が疲れた足を癒すには最適である。ここの2階は休憩室になっていて、1日1500円払えば(1993年当時)素泊まりさせてくれる。しかも温泉入りたい放題。繁忙期は混雑が予想されるが、屋久島で最も素敵な宿だと思う。

 明日はいよいよ宮之浦岳登頂を目指す。さてさてどうなることやら。zzz・・・


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