風使い通信・屋久島紀行/はじめてのときめき☆はじめての屋久島
1992年8月8日(土)
天気:暴風雨のちくもり時々晴れ
行程:屋久島(終日)

 その日は寒さで目が覚めた。冷房のかけ過ぎである。夜中に何回か停電があったそうだが、よく覚えていない。覚えているのは停電が回復して蒸し暑い部屋を冷やすために目の前のクーラーを「強」にしたことだけである。どうりで寒いわけだ(笑)。
 外をみると、やや風雨はおさまってきたようだ。どうやら夜中のうちに台風は屋久島の脇をを通過したようである。ニュースを見ると、台風は九州本土を直撃してわやになっていた。JRは止まっているし、海も空も全面欠航である。午前中はだらだらとニュースをみながら過ごす。いずれにしろ、わやであることには変わりはない...。

 昼になって雨もすっかり上がったので、滝見物に出かける。屋久島は1周100kmほどのの周回道路が走っており、車で3時間もあれば回ることができる。宿がある尾之間温泉からちょうど右回りで島を1周することにした。

 最初に行ったのが平内海中温泉。海岸の岩場を利用した温泉で、2,3人が入れる湯壷(?)が点々とある。いちばん岸に近いところが、波の影響も受けず入ることができるようだ。目の前の海は台風の影響をまともに受けて、岩に波が砕け散る。湯は多少ぬるい目であるが問題はない。湯はもう少し内陸から引っ張っているのか、食塩泉ではなかった。しかし一つ間違えば「入浴中の観光客が高波にさらわれ・・・」なんてことにもなりかねない(笑)場所である。

写真1・まだ海は大荒れ
写真2・平内海中温泉

 さっぱりしたところで、次は大川滝を見る。さすがに台風通過直後ということもあって水量は半端ではない。大岩の斜面を流れ落ちる滝が轟音の飛沫となって降り注ぐ。さすがに長時間見ているとずぶ濡れになるので、早々に引き上げた。やはり雨の島であることを実感する。

写真3・増水した大川滝
写真4・布引の滝

 ここから西部林道を通っていくと島の北部の永田浜に抜けることが出来る。道路案内板は通行止めとなっているが、とりあえず行けるところまで行こうと進んでいくと、いつの間にか永田浜まで抜けてしまった。途中、永田岬の燈台から沖合いに口永良部(くちのえらぶ)島を眺めることができる。小さな島ではあるが、温泉があるという噂もあり、是非とも一度訪れてみたいものだ。この後は一湊(いっそう)から宮之浦港方面へ。途中、布引の滝を見るがやはり大川滝のド迫力にはかなわない。空は晴れ間が見えだして完全に回復に向かっているようである。

写真5・永田岬の燈台
写真6・口永良部島を望む

 空港でしばらく休憩を取り、昨日フェリーで屋久島入りする予定だった小林氏・榊原氏と合流する。今日本土から来た足と言えば、鹿児島-屋久島を結ぶ飛行機のJAC505のただ1便のみであった。尾之間温泉方面に帰る途中に千尋滝を見る。ここはなかなかおさまりのいい滝である。雄大且つ写真映えがする眺めであった。そういえばこの屋久島の道端には、なぜか銃に関する標語が数多く存在する。猟をしているからなのだろうが

「発砲は あわてず あせらず おちついて」

なんて、ちょっと意味を取り違えると...やはり危ないかもしれない。

写真7・着陸するJACのYS11機
写真8・千尋滝

 宿に戻る前に翌日の山入り用の食料の買い出しをすべくA-COOPに立ち寄る。A-COOPは島内一円をカバーしており、組合員でなくとも購入可能なので、買い出しにはもってこいである。また海産物のお土産なども安く手にいれることができる。ここでちょっと驚いたのは、パンや卵、牛乳と言った日常の食卓に必要な品々が棚から姿を消していたことだ。おそらくそれらのほとんどが船で運ばれてくるものなのだろう。台風による船の欠航が生活に結びついていることに、改めて島の暮らしを思った。

 宿戻り風呂に入るともう夕食。いよいよ明日は縄文杉アタックである。この日は宴会もそこそこに就寝した。zzz・・・


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